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目次


フォワグラは不健康か
フォワグラはご存じのように、ガヴァージュという鴨や鵞鳥に強制的に餌のトウモロコシを食べさせて、肥大した肝臓を取り出したものですが、まず、肝臓肥大=不健康というイメージではありません。

一羽の鴨や鵞鳥の体重の約7〜8分の1の肝臓というのは、人間の肝臓が体重の約45分の1から比べるとびっくりするほどの大きさですが、そのためにも鴨や鵞鳥を、ガヴァージュに絶えられるような基礎体力作りをまず最初に行います。つまり、通常の食肉用の鴨などとは遥かに健康で頑丈に育てるのです。適度に運動と日当たりを確保させ、身体も内臓もしっかりと育てます。フォワグラを摘出したあとの肉は、マグレ・ド・カナールといって肉厚の、しかもフォワグラの香りがする食肉用の素材として流通しているくらいですから。

さて、そこで、フォワグラのカロリーや脂肪といった、人の身体に与える影響ですが、かつてバブリーな時代があったとしても、フォワグラを食べ過ぎて健康を害するようなお金持ちは、日本では、いや、世界でもほとんどいないのではないでしょうか。フランスでも高価であるため庶民の口にはなかなか入りません。クリスマスにやっと家族で楽しむというのが普通でしょう。日本の家庭で100g\\2,000以上の特上の霜降り和牛を買ってスキヤキをするようなものです。

そう考えると、庶民がおいしいものをたまにほんの少し食べるくらいで、そう声高に健康、健康と言わなくてもよいのではないでしょうか。
鳩や兎は本当にうまいのか
穀物や菜食の歴史を持つと言われている日本人ですが、大昔は狩をして暮らした肉食の歴史が長い間ありました。そこではイノシシ、兎、鹿、鳩や雉、鴨などの野性の動物が食用となりました。つまり、フランス料理のジビエです。それらは赤身肉の持つ独特の風味があり、熟成した旨みもあったはずです。

ところが、仏教や儒教の影響とともに殺生が禁止となると、肉食そのものが生活から消えました。特に四つ足の動物が対象となりました。もっとも大公さんと呼ばれた豊臣秀吉はこっそりと食べていたそうで、チーズなども「醍醐」と呼んで好んだそうです。兎を数えるときに今でも「一羽、二羽」と呼ぶのが残っているのは、兎を鳥とカモフラージュした結果だとか。こうして長い間、野性の動物を食べなかった日本人は、すっかりそれらのおいしさを忘れてしまいました。

したがって、近年になってそれらの食文化が外国から入って来ると、全く食べ慣れない食材となってしまったのです。どんどん食べて、我々の先祖が好んだ野性の肉の味を取り戻しましょう。きっと日本人の血の中にはDNAではないけれど、それらを好む資質が残っているはずです。輸入牛肉のおいしさもその範疇にあります。健康に不向きな脂こってりの和牛を高価な価格で手に入れるより、遥かに健康的、経済的だと思います。政府の貿易問題の緩和にもなりませんか。
エスカルゴやザリガニ、蛙などは野生のものとは違うのか
かつては野性のものを食べたのでしょうが、今日では食用としては不適当です。すべて食用のための養殖ものです。そうしないとソースや香辛料の味とマッチせず、値段の取れないとんでもない料理に仕上がってしまいます。

近所の川で捕れたものを、どんなに腕のよい料理人が料理しても、食べられたものではありません。裏の川にたくさんいるからと言わず、食用のうまい食材としてお金を払って食べましょう。
メインにはいつも牛フィレのステーキがあるが?
日本人の牛肉崇拝思想は料理のジャンルを問わずにあるのが現状です。それは地方に行けば行くほど強いものです。牛肉=ご馳走なのです。このことは日本人の肉食の歴史からたどっていかないとならないのでここでは省きますが、メニューに載せないとお客が納得しないという店はあります。フランス料理をある程度食べ慣れた人が、このことを声高に批判しても始まらないのです。

それと、個人的には牛肉はサーロイン(ロース)の部分が好きですが、人工的に脂身を増やして肥育する方法を取っていながら、脂の少ない柔らかなヒレ肉を好むという矛盾した傾向もあります。日本人にとって柔らかい=おいしいということなのでしょう。テレビ番組でボキャブラリーの貧弱な若い女性タレントが、料理を食べて「うーん、柔らかい!」とバカのひとつ覚えみたいに言っているのを見ますが、柔らかければおいしいと思うことの情けなさにうんざりします。

日本のフランス料理店で牛肉のメニューを載せることに批判はしませんが、和牛の刺しの入った高価な高級肉というのはどうでしょうか。フランス料理に向く牛肉は、赤身で、噛みしめて鉄分の味のする牛肉なのです。そのような牛肉のバラ肉の部分や肩ロースなどを使ってブルギニョン(赤ワイン煮込み)やポ・ト・フーを作ってほしいものです。ロースト・ビーフだって、そこそこに赤身の肉のロースのほうがおいしいのです。もっとも、お客さんのほうが和牛のブランド肉でないと納得しないという「卵とニワトリ」のような現象なのでしょうね。
メインにはいつも鮮魚の香草焼きがあるが?
これもお客の食習慣と好みの問題が前提となっていると思います。イタリア料理にはこのような仕立て方が多くありますが、一概にイタリア料理の影響と考えるのもどうかと思います。

舌平目をポシェするかパン粉を付けてサッと焼くかして、丁寧に取った魚のだし汁に白ワインやヴェルモットを加えた、コクと旨みのあるソースをたっぷりとかける。あるいは魚の身にムース状の詰め物をし、海老などの甲殻類からとったコクのあるソースをかける。アナゴやウナギを赤ワインでトロッと煮込む・・・などはまさにフランス料理らしい魚料理ですし、個人的にはこのような料理が好きです。

が、これらは時間もコストもバカになりません。健康を考えての軽い料理を望まれれば、料理人はそれに応じなくてはなりません。健康、お客の好み、コスト、「鮮魚」というキャッチフレーズなどなどを考えて、日本のフランス料理の最大公約数的なメニューが牛フィレ肉のステーキであり、鮮魚の香草焼きなのです。
なぜメニューに難しい言葉を使うのか
日本人にとって説明のいらない食文化というのがあります。たとえば「天丼」、「うなぎ」、「天ぷら」、「ラーメン」、「お好み焼き」や「ピッツア」もそうでしょうか。それらは一目瞭然に調理法が分かります。油で揚げる、タレを付けて焼く、めんを茹でてつゆと盛り合わせる、鉄板で焼くなど・・・。

ところが、フランス料理はそうはいきません。まず、料理法がわからない。ムニエール、ロティール、ポワレ、エテュヴェ、ラグー、フリカッセなどなど・・・。じゃあこれを日本語で説明するとしたら・・・小麦粉を付けてバターやオイルでフライパンで焼く、固まりの肉をオーブンで焼く、フライパンでカリッと焼く、蒸し煮にする、煮込み料理、クリーム系のソースで仕上げるなどなど、ややこしいややこしい!

そこで、フランス語の登場となります。それをサービスの人間が説明するところに、日本のフランス料理があります。サービスマンの得意げな顔が目に浮かびませんか。親切どころかこちらのほうが知識のないことを恥じたりして。そのようなことはとんでもないことです!だからそのおいしさとは別にフランス料理の敷居が高くなっていくのです。

専門用語を使うならわかりやすく説明のできるサービスマンを置くこと。それができないなら日本語のみで書くこと。仏語と併用するなら仏語の間違いを正すこと。レストラン側に守ってほしいことです。
食器へのこだわりにはどのようなものがあるか
レストランには、そのしつらえに応じて素晴らしい食器やカトラリーが揃えてあります。私も、フランス料理への憧憬と興味が増すに連れ、フランスをはじめとするヨーロッパやアメリカ、もちろん日本のレストランなどに行くたびに、食器に対する感心が深まりました。フランスの中央高地、リムーザン地方の磁器、リモージュ焼きの美しさに魅せられたのもこの頃でした。

世界中の素晴らしい器に触れられるのもレストランでの楽しみです。どこの国のなんというメーカーのものなのかついつい気になり、器の裏を返してみたくなりますが、原則としてこれはお行儀の悪いことです。コーヒーカップのソーサーの裏を見るのもどうかと思いますのに、ましてや料理を食べた後の皿をひっくり返すなんて・・・。

しかし、やはり気になるものです・・・。そのような時には・・・あまりお薦めしませんが誰にも気付かれないようにそっと・・・ぐらいなら・・・。ただし、皿の食べ残しや付着したソースがこぼれないような心遣いはして下さい。

もっともスマートなのはサービスの人に聞くことです。コソコソしないできちんとしたコミュニケーションを心がけながら、レストランと関わりを持ちましょう。
インテリアへのこだわりにはどのようなものがあるか
食器やカトラリー同様、レストランにはそのしつらえに応じて、素晴らしい絵画や調度品が備えてあります。パリの「蚤の市」にあるようなものから年代物の骨董品、カジュアルなものから国宝級のものまであります。それらを見るのもレストランの楽しみ方のひとつです。

有楽町にある「アピシウス」などは普段、美術館のガラス越しでしか見られないような絵画がさりげなく飾ってあります。白金の「オザワ」があるビルは、フランス人設計士スタルクの作品です。芝公園にある「クレッセント」は建物そのものが美術品です。

レストランの価格というのは料理だけでなく、そのような美術品や調度品、果ては絨毯の毛足の長さに至るまでが一人前の料金になるのです。そのようなものにまでお金を払いたくないと思われる方は、フランス料理を通してフランスの文化に触れる資格がありません。

これは日本の料理屋でも同じです。400年以上もの歴史を持つ京都南禅寺の「瓢亭」、大阪高麗橋の「吉兆」、京都八坂神社門前の「中村楼」、みんなトータルとしての文化を味わいに行くのです。食は文化なのです。

ミシュランのガイドブックでは料理以外のハードの部分も評価し、料理と合わせた総合評価が星の数となります。したがって、料理だけで売りたければハードやサービスは二の次で、価格も抑えることができるのです。我々は懐に応じて、あるいは状況に応じてレストランを選べばいいのです。


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